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 ボクはストラクチャを作るにしても、使うにしても、市販のストラクチャを、付属するシールを貼ってポンと置くことはしません。ストラクチャひとつひとつに“conte−物語”を吹き込みながらこさえます。お蕎麦屋さんのストラクチャなら、どんなお蕎麦で、主なお客さんはこういう人たちで、これこれしかじかで、ふだんは蕎麦でも寒い日は鍋焼き饂飩がよう出たり、そんなconteを考えながら作ると、わくわくしてきます。だからボクにとってはストラクチャひとつひとつに設定があり、conteがあります。今回着工した大日本百貨店もそうです。

 京極大日本鐵道グループの一員に模式会社大日本百貨店があります。歴史的な経緯から「京丸デパート」と呼ばれています。

 同社はもともとは延宝元年創業の京丸呉服店を前身とし、明治37年に京極大日本鐵道の前身である京極電氣軌道の持株銀行である京極烏丸銀行が資本金を出資して、明治37年に合模会社京丸呉服店として法人化し、明治38年に模式会社京丸呉服店に改組し、明治39年には京極烏丸銀行と京極電気軌道が50%づつ出資し、模式会社大日本百貨店に改称して、グランマガザン宣言を発しました。

 大日本百貨店年譜
  延宝元年 初代京丸善兵衛が京極市中に呉服問屋「京丸屋」を創業。
  明治37年 京極烏丸銀行から出資を受けて合模会社京丸呉服店として法人化。
  明治38年 模式会社京丸呉服店に改組。
  明治39年 京極烏丸銀行と京極電気軌道が50%づつ出資を受けて京極電気軌道*傘下となり、模式会社大日本百貨店に改称し、通称は「京丸デパート」とす。
  大正05年 総本店(京極県京極市)を現在の建物に改築。
  現在に至る。
 *:京極電気軌道は昭和18年に「城南電氣軌道」(現・城南電鉄)と「城西電氣鐵道」(現・城西急行電鉄)を合併し、存続会社として社名を「京極大日本鐵道」に改称。


 大正05年に改築された総本店のストラクチャ造りに着工しました。頭の中では色々と、ああ作ろう、こう作ろうと構想し、色々と準備はしていたのですが2年くらい放置状態でした。今、少し時間ができたのでやっと着工です(*´艸`*)

261016_0015

 ボクのばあい、組み立てる前にパーツを分けて塗装しておき、組み立てた後に綿棒や爪楊枝を使って継ぎ目で塗れていないところをちょいちょいと直しちゃいます。手抜きですw

 さて、ここまで塗装してみたものの、建物全体のイマージュはありますが、細かいところのイマージュが定まっていないので、とりあえず、ここで休憩します。建物全体のイマージュとしては、塔を載せてゴチック様式風味建築にしたいと思っています。

 細かいところでは、例えば窓の桟はキットでは鉄格子のように編み目になっているのですが、これをニッパーで取っちゃおうかとか、それとも看板などを貼り付けて隠してごまかしちゃおうかなどです。窓についてはヴィトゥライユ(ステンドグラス)風にしてもおもしろいかもしれません。

 ストラクチャを作るときは、大抵は、事前に測定して看板類を作ってから組み立てに入るのですが、今回は行き当たりばったりな感じです。百貨店のロゴは2年前に完成しているので、看板類はコピペすれば簡単に作れるのですけどネ。

 ってか、いざ着工してみましたが真鍮線どこにしまったっけ(汗。

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